原爆「しょうがない」発言について

 お稽古にて話をしたことをまとめてみる.

 防衛相の原爆「しょうがない」発言だが,これも含めた閣僚の不適切な発言が内閣支持率を落としているという報道をよく見る.政治家という立場の人間の発言がどれほどの影響力を持つかを考えれば,たとえそう思っていても口にするべきではない.無用な騒ぎを起こさないのも政治だろう.
 ところで,発言内容の是非そのものについてはあまり取り扱われていない気がするので,そちらを考えてみたい.まず,原爆は「しょうがなくない」と思いたい.しかし,「戦争」そのものについては,私は「しょうがない」部分があると思っている.ひとまず,戦争について考えてみる.
 目の前で戦争になれば否が応でも「しょうがなくない」と思うのだろうけれど,実体験として知らない私は,そうとは言い切れない.体験によらない以上,知識が意見を決定するだろう.
 報道や歴史は戦争の悲惨さを教えている.しかし,私が非情なだけかもしれないが,報道で知った他人の不幸を自分のそれに置き換えることはなかなか難しいことだと思う.また,歴史の中心にいるのは戦争を指導する立場の人間であり,たとえば,多くの人は戦争を遂行する戦国武将のことは知っていても,徴兵される百姓のことはほとんど知らないはずだ.そのような知識のもとで戦国時代は積極的に肯定されている.戦争には「しょうがない」部分がある.
 昔の私は漠然と戦争は悪いことだと思っていたが,わずかながら知識を得た今になって考えてみれば,戦争に反対することが当然正しいという世論というか雰囲気がそうさせていた気がする.体験や知識に基づかない意見は雰囲気に左右されると思うが,何となく「しょうがなくない」と思っているならば危険だろう.ここで,戦争以外の何らかに対する意見でも「何となく」が多いことに気づいた.学ばねばならないことはたくさんある.
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 ここまで書いて気づいたが,原爆と戦争とでは戦術と戦略という大きな差異がある.目的であり歴史として後世に残る後者は「しょうがない」部分が大きいのに対して,手段であり実際に人を殺す前者は「しょうがなくない」部分が大きいのだろう.戦争について述べたことを原爆にも適用することには無理があったようだ.
というわけで,おしまい.